概要と歴史背景
1971年に登場したLeica M5は、M型ライカの中でも特に評価が分かれるモデルです。生産台数は約33,900台とされ、他のM型と比べてもやや少なめの存在です。
「異端児」と呼ばれる理由は明確で、それまでのM型とは設計思想が違います。M3、M2、M4と続いた流れは、機械式レンジファインダーとしての完成度を磨き上げる方向でした。しかしM5はその流れの中で、露出計を後付けではなくカメラに統合するという選択をします。ここが分岐点です。
なぜ異端と呼ばれたのか|形の違和感
M5を手に取ると、まず違和感があります。ボディが大きく、トップカバーの形状もそれまでのM型とは明らかに違います。薄さを前提にした設計ではありません。
これは意図的なデザインではなく、内部構造の結果です。露出計を内蔵するために、測光機構をボディ内部に組み込む必要があり、その分だけサイズが変わりました。
つまりM5は、見た目を守るためのカメラではなく、機能を優先した結果として形が変わったカメラです。ただし当時のユーザーにとって、ライカはすでに完成された形でした。そのバランスを崩したことが、強い違和感として受け取られます。
測光機構の構造|合理性の塊
M5の最大の特徴はTTL測光です。シャッターを巻き上げると、レンズの後方に測光セルがスイングして入り、フィルム面直前で光を測定します。シャッターを切ると同時に収納される仕組みです。
この方式は理屈として非常に合理的です。実際の撮影光をそのまま測ることができ、フィルターやレンズの影響も含めて露出を判断できます。中央重点測光としての安定性も高く、結果として再現性のある露出が得られます。
ただしその分、構造は複雑になります。サイズや重量、操作感への影響も避けられません。この合理性と引き換えに何を受け入れるかが、評価の分かれるポイントです。
M4との違い|完成からの分岐
M4が機械式レンジファインダーの完成形だとすると、M5はそこから一歩踏み出したモデルです。
M4は操作性を高めながらも基本構造は維持していました。一方でM5は、撮影に必要な情報をカメラ側で完結させる方向に進んでいます。
これは単なる機能追加ではなく、カメラの役割の変化です。測って撮るのではなく、カメラが判断を補助する。その意識の違いが、使っていると自然に現れます。
撮影感覚|思考が入るカメラ
M5を使うと、撮影のリズムが少し変わります。露出計があることで、シャッターを切る前に一度立ち止まる。光を見て、指針を合わせて、判断してから撮る。
M3やM4が直感的に切っていくカメラだとすれば、M5は一瞬だけ思考を挟むカメラです。この“間”をどう感じるかで評価は分かれます。
テンポが崩れると感じるか、精度が上がると感じるか。どちらも間違いではありません。
前期型・後期型の違い|使い勝手の調整
M5には前期型と後期型が存在し、見た目だけでなく使い勝手にも違いがあります。
分かりやすいところではストラップ取り付け部の形状が変更されており、前期型の独特なラグ形状から、後期型では一般的な仕様へと改められています。この変更によってストラップの選択肢が広がり、取り回しは改善されています。
また、細かな部分ではシャッター操作や内部機構にも調整が入っているとされ、後期型の方が扱いやすいと感じる人もいます。
ただし描写や基本性能に関わる部分ではないため、優劣というよりは使用感の違いに近い領域です。むしろM5というカメラが試行錯誤の中で変化していった過程として見ると、この違いは意味を持って見えてきます。
なぜ再評価されているのか
長く評価が分かれてきたM5ですが、近年は見方が変わりつつあります。
理由は単純で、今のカメラの感覚に近いからです。露出計が内蔵されていることは現代では当たり前であり、その意味ではM5の思想はむしろ現代的です。
さらに中央重点測光の分かりやすさや、機械式としての操作感も見直されています。当時は違和感として受け取られた要素が、今では合理性として理解されるようになってきています。
まとめ|異端ではなく分岐点
M5は確かに、それまでのM型とは違うカメラです。しかしそれは失敗ではなく、方向性の違いです。
M4までの流れが完成を目指す道だとすると、M5は機能を取り込む道に進んだモデルです。その結果として形が変わり、評価が分かれました。
ただ、この分岐があったからこそ、その後のM6や現代のM型に繋がっていきます。
M5は異端児というより、次の時代に繋がる分岐点として捉えた方がしっくりくるカメラです。







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