Leica M6をいま使う理由

カメラ

神話ではなく、生活として

M型ライカの代表格といえばM3です。

完成度やファインダーの見えは今も評価が高く、象徴的な存在です。

それでも、いま手元に残して使い続けているのはLeica M6です。

日常で最も出番が多いのは実際にはQ3です。

AFもあり、露出も正確で取り回しも良い。

撮影効率だけを考えれば、Q3が圧倒的に合理的です。

それでもM6は手元にあります。

理由は用途ではなく、位置づけにあります。


露出計という現実的な装備

M6にはTTL露出計が内蔵されています。

中央重点測光で、ファインダー内にはLEDの矢印が表示されます。

数値ではなく、方向だけを示す簡潔な表示です。

完全機械式のM3ほど緊張感は強くありません。

電子制御機ほど自動でもない、その中間に位置しています。

露出計は目安を示し、最終判断は自分が行う。

Q3では撮る前に結果が見えますが、M6では撮った後にしか分かりません。

この“時間差”が撮影の感覚を少し変えます。

この“時間差”が撮影の感覚を少し変えます。

撮った瞬間に完結しない、現像が上がるまで答えが出ない。

ライカとは時間だ、と思うことがあります。

機械の精度やブランドの歴史ではなく、撮影から結果までのあいだにある時間。

待つことも含めて写真になる。M6はその時間を強制します。


夕方の保育園帰りに

平日の夕方、保育園の迎えに行くことがあります。

園を出る頃には光が低くなり、建物の影が長く伸びています。

急いで帰る途中で、ふと光がきれいだと思う瞬間がある。

そんなときはQ3で撮ることも多いです、そのほうが確実だからです。

けれど時間に余裕がある日はM6を持ち出します。

バッグから出してファインダー内の表示を確認し、一枚切る。

子どもは止まってくれません。

露出も完璧ではないかもしれません。

それでも、その日の光がネガに残る。

撮影というより、生活の一動作に近い感覚です。


失敗を許容できる位置

現像から戻ったフィルムを見ると、少し暗いコマや露出が甘いコマもあります。

けれど、それを後悔することはあまりありません。

Q3であればその場で修正できます。

M6では修正できません。

この違いを理解したうえで使っています。

だから結果を受け入れられる。

M6は成功率のためのカメラではなく、行為を残すためのカメラです。


撮る日も、撮らない日も含めて

毎日フィルムを使うわけではありません。

多くの日はQ3を使っています。

撮らない日もあります。

それでもM6は防湿庫にあります。

必要になれば持ち出せる位置にある。

選択肢として常に残っている。

撮影が仕事でもイベントでもなく、

生活の一部であるならば、M6は“常用機”ではなく“基準機”です。

頻度の問題ではなく、位置の問題です。


M6は完成形か

M6が完成形かと問われれば評価は分かれるでしょう。

より純粋なM3があり、

より便利なM7があり、

より効率的なQ3があります。

それでもM6は、機械式と電子の境界線上に立つモデルです。

効率を知ったうえで少し外す。

合理性を理解したうえであえて選ぶ。

神話としてではなく、生活の中の基準として。

だから、いまも手元にあります。

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